子夜の読書倶楽部

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【5分の暇つぶし】赤と夏 3/3【短編小説】

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夏祭り 自作小説 赤と夏③

しかし、ナツが俺を愛してなかった

とは言えない。

むしろどの男にも見せない弱みを

俺にだけ見せてくれた。

彼女は何回俺の前で泣いたのだろう。


寒い冬には俺が寒がらないように暖房を一日中入れてくれた。

後日来た請求書を見て青ざめていたのは

彼女の名誉のために誰にも言わないでおこう。

請求書が来てからも暖房はずっと部屋を暖めてくれた。

その暖かさは彼女の愛だったのかもしれない。

朝ごはんと夜ごはんはいつも一緒に食べた。

彼女は俺の好物ばかりをくれた。

その生活のせいか俺は一年前より少し肥えた。
 

 俺に何度もナツは愚痴を

こぼし泣いていた。

俺に何度も相談をした。

俺はまじめに答えていたのに

「あなたに話してもダメだよね。」

と薄く笑うナツを見るときつく胸が締め付けられた。

「あなたは冷たくて気持ちいいね。」

そう言われた時は思わず

飛び跳ねるほど喜んだ。

ナツはそんな俺を見て

びっくりしていた。

その後、二人で笑いあったのは

いい思い出だ。

 

 そんな一年の生活が終わろう

としている。

目の前で。

もう一つの部屋には彼女と男がいる。

そいつはナツの会社の上司だ。

10歳上と前に言っていたので35歳ぐらいだろう。

男は浮気がばれたので別れてほしいと言っている。

ナツは泣きながらいやと叫んでいる。

俺は彼女たちを相変わらず止めにはいかない。

俺がどれだけ声を上げても無駄だからだ。
男の怒鳴り声が大きくなる。

嘘つきとナツの声が部屋の壁を揺らした。

絶対ばらしてやるとナツの声がアパートに木霊する。

他の住人にはいい迷惑だろう。

そう思っていると声が不意に止み、

目の前に隣部屋の扉が倒れてきた。

そして、その扉の上には仰向けに倒れたナツがいた。


倒れた扉の向こうの男が肩で息をして立っている。

夜の静けさのなか、男の息遣いだけが響いている。

俺の部屋は電気がついていないので

男に後光が差しているように見える。
ふとナツを見ると豊かな胸に一本の包丁が刺さっている。

そして、赤色が彼女の周りを包む。

その姿はどこか俺と似ていると思った。

男は俺を無視してスーツの内ポッケから出したハンカチで

慎重に包丁の柄を拭き、慌てて部屋から出ていった。
 

 残されたのは真っ暗な部屋の中に真っ赤な彼女と俺だけだ。

彼女に触れようとした。それは簡単なことのはずだった。

しかし、なぜか彼女に触れられない。

目の前に見えない壁があるようだった。
 

 朝日が差し込むよりも前に誰かがアパートの部屋のドア

を開けて入ってきた。足音からして五人ぐらいだろう。

それと同時に朝日が部屋に差し込む。

警察官だった。彼らはすぐに狭い部屋の中に彼女を見つける。

そして、正面から俺を見る。

 

「ひでえ有様だな。

下の住人から連絡を受けて、

痴話喧嘩かと思ったら殺人かよ。」

「部屋が荒らされてないこと見ると、

突発的なものですかね?」

「まだ、何ともいえねえなぁ。

おい、ほかの住人から彼女の

こと聞けたか?」

「はい。名前は田中 奈津。25歳OL。

私生活については彼女この部屋には

何人もの男を毎日連れ込んでいたようです。」

「っち。どうやらその男たち一人一人に

聞く必要があるな。めんどくせえ。」

「まま、そういわずに。手分けすればいいんですから。」

「ん?」

そういって年のとった警察官は顔を上げる。

「あいつに聞けば、すぐわかるな。」

そういって指さした先には大きく育った

真っ赤な金魚が水槽の中をゆったり泳いでいた。


ー了ー