子夜の読書倶楽部

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【5分の暇つぶし】赤と夏 1/3【短編小説】

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赤と夏 ナツとの出会い 小説① 夏祭り

俺はナツという女と同居している。苗字は知らない。


ナツの事を話すといくら時間があっても足りない。

なぜなら俺はナツの事をよく知りすぎ

ているからだ。

一つナツの事を言うならば自分勝手で自由奔放だ。

自分の意見をはっきり言うし、曲げない。

それはとても強いことでもあるし、弱いことでもある。

この前、彼女の女友達が家に来た際も料理手順の些細な違いから大喧嘩になっていた。

 

俺はそれをただ見ていただけだった。

それは決して彼女たちの間を取り持つのが面倒くさいわけではなかった。

俺は知っているのだった。

俺がなにを言っても彼女は決して耳を貸さないという事を。

 

俺とナツが出会ったのは一年前の夏祭りだ。

俺が屋台の前でぼうっとしていた時、彼女から声をかけてきた。

「君、すっごいかわいいね。」

俺はその言葉に反応しなかった。

それは当時の俺には言われ慣れた言葉だった。

何人もの女が俺にその言葉をいった。

しかし、俺はそれを特別うれしいとは感じなかった。

そんなのはありきたりな言葉だ。

声をかけてきたやつは俺以外にも何度も言っていただろう。

そんなのはありふれた、そしてありきたりな言葉だ。

 

本物がほしい。ありきたりで上っ面のものではなく、

心に響いて、ずっしりとずっと鉛の様に心に沈み続ける本物が。

 

当時の俺はそんな想いに囚われていた。

それは俺が今まで自由だと思っていた世

界が

嘘だと気づいた頃だったと思う。

 

自分が選択し

たと思ったことは誰かの意図通りだったし

選んだことは選ばされていた。

そんなごく当たり前のことに気づいた頃だったと思う。

しばらく俺の目の前で手をひらひらさせていたナツだったが、

俺が反応しないのであきらめたのかどこかに行ってしまった。

よくあることだ。

花火が空を彩る。さまざまな色が真っ暗な海を自由に泳ぎ終わる。

それを見て人々は感動し、声を上げる。それと同時に祭が終わりに近づいていることに

少しの寂しさを人々は覚える。

だが俺は寂しさなど感じなかった。

むしろ、花火の音は福音の様に聞こえた。

まばゆい光が消え、暗く濃密な黒の中で眠りたい。

夏の空気はすぐに生暖かくなり、息を吸いずらくなるのが嫌いだった